RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

HARD COAT BLOG.

額縁を中心とした画材の卸問屋・日本ハードコート株式会社のスタッフ 
NaNaがアートに関するさまざまな情報を楽しくお伝えします♪
<< 『中山忠彦 永遠の女神展』 | main | 『フェルメール展』 >>
第2章
0
    ブログの更新、すっごーーーくサボっていました冷や汗
    半年前の誓いは…ちゃんと沢山更新して〜とか充実したHPに〜とか書いているのに。。。ゴメンナサイ汗

    ではでは♪

    世界の名画の続きで、第2章からデス♪
    私達にも馴染みの深い巨匠達がたくさん出てきそうですヨ♪♪

    『古き良き時代の再生を目指す ルネサンスが生んだ数々の巨匠』

    です嬉しい

    最初はこの時代(西暦1300年頃〜1600年頃)の時代の流れを本にしたがって載せていきます♪

    芸術の追求はペストを超えた

    ジョットが示した感情豊かな絵画の表現は、そのまま広まっていくきざしがみえていました。
    しかし、14世紀中頃に大流行したペストによって、その芸術の潮流は一時途絶えてしまいます。

    そして15世紀。感情豊かな人間性を追い求め、古代に栄えた古き良き芸術を復活させようとするルネサンスは一世を風靡していきます。
    どうやら先駆者ジョットの目指した方向性は、黒死病といわれた災いにも負けなかったようです。

    ルネサンスの絵画を生み出していったのは、もちろん画家たち。でも、その背後には、彼らを支える大きな存在がありました。裕福な市民の財力です。

    芸術家の活動を支えるパトロンとして、特にイタリア・フィレンツェのメディチ家には、ルネサンスに不可欠の重要な役割を担いました。

    盛期には3大巨匠の登場

    やがてルネサンス盛期には、ダ・ヴィンチミケランジェロラファエロという3人の巨匠が同時期に登場します。世界で最も有名な絵画といわれる「モナ・リザ」が生まれたのもこの時期です。そして、マニエリスムと呼ばれる後期のルネサンス期に入っていきます。

    一方、イタリアで栄えたルネサンス活動と同じ頃、アルプス山脈を越えた国々でも盛んな芸術活動は行われていました。その国々の活動は、北方ルネサンスと呼ばれています。中でも現在のベルギーにあたるフランドルでは、数多くの名作が生み出されました。


    こんな感じの内容です(^-^)

    文章内にあったダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロの他にもこの時代には馴染みのある巨匠の名前がたくさん聞き耳を立てる

    例えば〜

    ボッティチェリ、デューラー、ブリューゲル、エル・グレコ などなど。

    文章の中で気になったものを調べてみました♪

    ペスト(黒死病)

    ペスト (癙、Pest(独)、Bubonic Plague) は、人体にペスト菌(Yersinia pestis 腸内細菌科 通性嫌気性/グラム陰性/無芽胞桿菌)が入ることにより発症する病気。
    菌を保有したネズミの血を吸ったノミ(特にケオプスネズミノミ)に人が血を吸われた時にその刺し口から菌が侵入したり、感染者の血痰などに含まれる菌を吸い込む事で感染する。
    かつては高い致死性を持っていた事や罹患すると皮膚が黒くなる事から黒死病と呼ばれ、恐れられた。14世紀のヨーロッパではペストの大流行により、全人口の三割が命を落とした。

    ルネサンス

    ルネサンス(仏: Renaissance 直訳すると「再生」)とは、一義的には、14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的・文化的諸運動を指す。また、これらが興った時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある。

    パトロン

    パトロン(patron)とは保護者、後援者のことである。ラテン語のパテル(pater、父)から派生した同じくラテン語のパトロヌス (patronus) に由来する言葉。
    パトロンはその保護する対象に応じて色々デス。
    1.芸術家らの活動を支援する資産家、企業のこと。
    2.英語では政治家の活動を支援する資産家、企業のことも指す。後援者のこと。
    3.女性に月々のお手当てを渡したり開業資金を提供したりする男性のこと(多くの場合、愛人関係にあり年齢差がある)。
    4.皆におごる人。
    5.図書館の利用者
    など。図書館の利用者??何でかな?

    メディチ家

    メディチ家(Medici)は、ルネサンス期のイタリア・フィレンツェにおいて銀行家、政治家として台頭。フィレンツェの実質的な支配者として君臨し、後にトスカーナ大公国の君主となった一族である。その財力でボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなどの多数の芸術家をパトロンとして支援し、ルネサンスの文化を育てる上で大きな役割を果たしたことでも知られている。
    「メディチ」は「薬」という意味であり、先祖は薬種問屋か医師であったのではないかとされており、13世紀のフィレンツェ政府の評議会議員の記録に既にメディチの名前が残されているが、それ以前の経歴や一族の出自に付いてはあまり明らかにされていない。

    マニエリスム

    マニエリスム (Mannierism) とはルネサンス後期の美術で、イタリアを中心にして見られる傾向を指す言葉である。美術史の区分としては、盛期ルネサンスとバロックの合間にあたる。イタリア語の「マニエラ(maniera:手法・様式)」に由来する言葉。
    マニエリスムの頃の絵画

    エル・グレコ「受胎告知」

    なるほど。。。
    良いですねぇ。ワタシも制作活動をしているので…パトロン…羨ましいデスニョロ
    以下の人物については第2章の中できっともっと詳しく学べると思うのですがチョット予習♪

    ダ・ヴィンチ

    レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452年4月15日 - 1519年5月2日) は今日、イタリアのルネサンス期を代表する万能の天才として知られ、「万能人(uomo universale)(ウォモ・ウニヴェルサーレ)」とも呼ばれている。
    絵画、彫刻、建築、土木および種々の技術に通じ、極めて広い分野に足跡を残している。『最後の晩餐』や『モナ・リザ』などの精巧な絵画は盛期ルネサンスを代表する作品になっている。膨大な手稿(ノート)を残しており、その中には飛行機についてのアイデアも含まれていた。
    幼少期のレオナルドは、原因は不明だが正当な教育を受けず、自然とともに暮らしていた。当時から左手で鏡文字を書いたと言われるが、これは彼が読み書きの教育を受けなかったためともされる。この時期に、自由奔放な性格だったと言われる叔父から影響を受けたと指摘されている。彼の文字の癖は、父の公証人という仕事を継ぐことに大きな障害となった。
    確証には欠けるが、レオナルドは14〜16歳でフィレンツェに移ったとされる。画家見習いとしてアンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に弟子入りし、ボッティチェッリらと共に学んだ。


    「最後の晩餐」

    ミケランジェロ

    ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni, 1475年3月6日 - 1564年2月18日)は、イタリアルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。名前はミカエル(Michael)と天使(angelo)を併せたもの。

    西洋で最も巨大な絵画の一つとも言われるバチカンのシスティーナ礼拝堂の天井フレスコ画や『最後の審判』、パオリーナ礼拝堂にある『聖ペテロの磔刑』、『パウロの改宗』を描いたことでよく知られている。もともとは彫刻家であり、『ピエタ』や『ダビデ像』等の傑作のほかにも『バッカス』、『モーセ』、『ラケル』、『レア』などが有名である。バチカンの『サン・ピエトロ大聖堂』の設計者でもある。
    レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ・サンティとともにルネサンスの三大巨匠と呼ばれる。ミケランジェロは長命であり、作品も盛期ルネサンスの時代から、マニエリスムの時代への移り変わりを示している。また躍動的な表現は、次のバロックの時代を準備したといわれる。

    「システィーナ礼拝堂の天井画・アダムの創造」

    ラファエロ

    ラファエロ・サンティ(Raffaello Santi, 1483年4月6日 - 1520年4月6日)は、盛期ルネサンス期を代表する画家、建築家。ミケランジェロが偉大な改革者であるのに対し、ラファエロはそれまでの芸術手法を統合、洗練して、女性的で優雅な様式を確立した、総合芸術の天才であると言える。その資質は彼の死後も賞賛され、模倣された。
    1483年、宮廷画家ジョヴァンニ・サンティの子としてウルビーノに生まれ、父親から絵画の教育を受けた。ジョルジョ・ヴァザーリによれば、幼少期にペルージャのピエトロ・ペルジーノに師事したことになっているが、ペルジーノに大きな影響を受けたのは事実であるものの、今日ではこの逸話は否定されている。

    「自画像」

    第2章の流れと気になる言葉の説明はこんな感じですイケテル

    次回の「世界の名画」の続きは、『ルネサンスの絵画を開拓 26歳で世を去ってもその後のルネサンス絵画に多大な影響を与えた画家』です♪♪

    面白そう拍手


    | 世界の名画より♪ | 16:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://artblog.n-hardcoat.co.jp/trackback/683395